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一致団結する雰囲気が好きだ。 私が子供の頃、体育の日といえば10月10日で、学校の運動会はたいていその近辺に行われた。 今回の寄席のパンフレットにも少し書いたが、3年程片想いしていた女性がいた。20才そこそこの時のこと。 男同士で呑んでいると、時としてこういう話題で盛り上がる。 -2008.11.10(月) |
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| 神吉拓郎氏の「顔」というエッセイは、このような文章で書き出される。 「忘れていた顔というのがある。 忘れていた名前というのもある。 何十年ぶりかで会ったときに、その両方が、頭のなかでビシッと一致すると、実に嬉しい。」 先日、墓参りを兼ねて実家に帰った際、浪人時代を過ごした駅で、高校の同級生に出会った。15年ぶりの、まったくもって思いがけない再会だった。 久しぶりすぎると、なんだか会話はぎこちなくなり、変な汗が出てきて困った。 彼とは、同じ高校に通い、揃って浪人して、同じ予備校に入った。 その公民館での日常はこんな感じだった。 秋が深まる頃、眼鏡の友人はパチプロのようになっていて、開店から閉店まで、一日のほとんどの時間を源さんの前で過ごすようになった。何万と勝つと、ガード下にあるトンカツ屋で「わらじかつ定食」をご馳走してくれた。 同じ頃、私はドーナツショップのお姉さんに恋をしていた。 そんな二人の間で彼は、時にパチンコ屋、時にドーナツショップへ顔を出しては、私たちの話に耳を傾けてくれていた。 神吉氏のエッセイは、こんな言葉で結びに向かっていく。 -2008.09.01(月) |
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| <前回のあらすじ> 〜立川の親友、ロドリゲス剛。 出会いは共に23才、大阪は石橋の焼鳥屋。185センチに近い爽やかな体育会系の彼と、当時は夜の生活に重きを置いていた気難しい文系の立川を引き合わせるのに、共通の友人の新井くんは四苦八苦していた。 そんな中、立川の大好物「焼鳥丼」を、ロドリゲスが勝手に完食するという事件が発生。押し黙る立川。焦りまくる新井くん。気付かないロドリゲス。そして…。〜
「僕はなんでも色で判断するねん」−。 それまでの会話とは何の脈絡もなく発言されたこの言葉が、私に引っ掛かった。 その数日後、私のバンドが出演するイベントに、ロドリゲス剛は遊びに来てくれた。 しかし、ロドリゲス剛は違った。 数カ月後、彼は国民的美少女を輩出する有名モデル事務所に所属が決定し、私より半年早くに上京。 今月で、私も彼も(ちなみに新井くんも)35才になる。 -2008.07.01(火) |
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彼とは、まだ大阪にいた頃に、石橋という街にある屋台で出会った。 その日、私は確かにごきげんさんだった。 何も知らない私が、普段はお金がなくて中々注文出来ない焼鳥丼を注文した頃、彼は爽やかに登場した。新井くんが彼を手招きする。185センチに近い彼は、身体を小さくして私の隣に腰を降ろした。 彼は、「あっ!焼鳥丼や!これ、食べていいかな?」と、無邪気に聞いてきた。私に否と言えるはずはなかった。なにしろ、むやみに爽やかなのだから。 一瞬にして私は押し黙った。ワタシハ貝ニナリタイ。 そんな私を気にして焦る新井くんのことを全く気にもとめず、彼はひたすら食べ、合間に飲み、そして、喋り続けた。 追記 -2008.05.01(木) |
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大学時代の友人の結婚式があった。 谷くんとは、学部もクラスも同じだった。 谷くんが巨乳な彼女、マイマイと出会ったのは、英会話スクールだった。最初はどう問い掛けても彼女のことを話さなかったが、やはり嬉しかったのか、ポツポツと語り始めた。 結婚式のテーブルで、「カジキマグロ・タコ・帆立貝のカルパッチョ」を私は箸で、谷くんはフォークとナイフで食べながら、そんなこともあったねと話をした。なんだか、ずいぶん歳をとった気がした。だけど、こういう時の思い出話は悪いものじゃない。 -2008.03.03(月) |
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昨年は、言葉に苦しめられて、言葉に助けられた一年だった。 「正しいことを言うときは少し控えめにする方がいい」 いつかまた、これらの言葉を読み返す時があるとしたら、私は何を呼び起こすのだろうか。 -2008.01.01(火) |
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