● 立川亮のマンスリーエイトマン back number 04 ●

「タンゴ連載リレー小説・前編」

 先日、知らぬ間に20回を数えていた円山町寄席。思えば遠くヘ来たもんだ、継続は力なり、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。なんにしても、来て下さる方々あってのことには変わりません。ありがとうございます。これからも、どうぞご贔屓にお願いします。

 いろんなことをやってきましたが、その一つに「円山町寄席便り」というものがあります。メンバーそれぞれが原稿を寄せて、若山君が編集作業に勤しむフリーペーパー。いや、カッコつけ過ぎました。壁新聞です。開演までの寄席の友になって頂ければと思い、根性で発行し続けている壁新聞です。

 様々なB級読み物が集まっている、この寄席便り。その中でも最もくだらなく、かつ、あっさりと終わったものに「タンゴ連載リレー小説」というものがありました。
 昨夜、資料の整理をしていたら、たまたま寄席便りの第ニ号を発見。その号の「リレー小説」を担当していたのは、僕でした。余りにも意味不明の文章で、このままにしておくのもどうかと思いましたので、エイトマンで再掲載してみようと思います。

 しかし、何故か先程から若山君と連絡が取れません。
 自分が書いた文章とはいえ、一応、編集者には相談するのが人の道。どうしよう、もう日付が変わって9日になってしまう。このままでは、マンスリーナインマンになってしまう。

 という訳で、続きは若山君の了解を取ってからとさせて頂きます。
 ちなみに、このリレー小説。メンバーがひと通り書いた第四回で、未完のまま敢え無く終了しました。では、若山君の電話を待ちながら、から騒ぎでも観ることにします。

-2008.11.08(土)

 

「朝どりタンゴ!」
〜セッション中のスタジオから、創作真っ只中の新曲の歌詞を、タンゴリアンに特急便でお届け!〜

<タイトル:女の幸せ>
今朝は父と 近くの公園を歩きました
昨日までの雨も 明け方には止んでくれて
程よい風が吹き 心地よい時間でした
父は何も言わずに 遠くを見ながら
穏やかな顔をして歩いていました

母が3年前に亡くなってから
こうして父と歩くことが多くなりました
22才で家を出て 母が亡くなるまでずっと
好きなことをして 私は生きてきました
40を意識しはじめた頃から
なんとなく 金沢に帰りたいと 考えてはいましたが

思えばいいきっかけを 探していたのかもしれません
結婚もせずに 好きな絵を描いて
それで生活に困らないお金を戴いて
周りの友人は皆 このままでいいじゃないと
口には出さなくても そういう顔をしていました
でも いつからか 東京に 距離を感じ始めていたんです

私は金沢に帰ってきました
今 父は ほとんど話しません
きっと私のことも もう判っていません
今日も父は何を見ていたのでしょう
ただ 穏やかな顔をして歩いていました

-2008.09.08(月)

 

「朝どりタンゴ!」
〜セッション中のスタジオから、創作真っ只中の新曲の歌詞を、タンゴリアンに特急便でお届け!〜

<タイトル:二号室>
あなたには帰る場所がある
だから私には優しくなれる
自ら望んで選んだものの
全く何も残らない
逢えない日々に詰め込んで
まとめて抱えて確かめる

あなたには帰る場所がある
それは私には見えないところ
灯りを点ければ あたたかく
灯りを消したら 燃えあがる
とどまるところ 幸せで
とどまるところ 幸せで

あなたには帰る場所がある
夏の心に沁みわたる
短く切った髪を撫で
待ちながらただ眠らせる
触れたい夜に届かずに 触れたい夜に届かずに

あなたには帰る場所がある
だから私には優しくなれる
余った隙間を埋めていく
つけいるように埋めていく
何処にも風が逃げないように
何処にも風が逃げないように

そしてあなたは帰りゆく
あなたには帰る場所がある
あなたには帰る場所がある

-2008.08.01(金)



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