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「立川亮の軽薄対談〜第二回 菊嶋"KIKU"亮一(オザワサトシと空色ドルフィン、他)の巻〜」 -2007.12.10(月) |
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| 「日記のすすめ 第二回〜11月8日の僕をさがして〜」 〜日々起こる些細な出来事を丹念にたどっていく。それを毎日書き残せば、小さな自分史の完成だ。過去10年の日記から、今回は「11月8日」の出来事をいくつかピックアップ!私はその時、どこで誰と何をしていたのだろう…〜 ・平成9年11月8日(土) 晴 渋谷Egg-manにてバンドのライブ。おでんを作るサチ(※1)を残して出発。 40分程遅れて会場入り。ライブは、今日も小川トーク(※2)から始まる。途中までは流れもよかったものの、スローな曲が続いたからか、まったりとしたライブになった。打ち上げでは、スタッフの人に「もっと亮くんが偉そうにしないとダメだ」と説教された。 サチと車で川崎まで帰る。今日のライブで、このバンドはしばらく活動休止。ゆっくり本でも読んで、のんびりと飲みにでも行こう。しかし、サチはかわいいなあ。飽きないなあ。 ※1…仮名。当時の彼女で、遠距離恋愛をしていた大阪から遊びに来ていた。 ※2…「クロダサトルの優雅な生活」のジャケ写モデルの小川くん。当時のバンドのリーダーで、ライブは常に彼の漫談から始まり、オチるまで他のメンバーは登場しなかった。 ・平成11年11月8日(月)曇り時々雨 ・平成15年11月8日(土)晴れ後曇り ・平成17年11月8日(火)晴れ -2007.11.08(木) |
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| 「趣味の台本」 渋谷7thFLOORで開催される「円山町寄席」には、参加するミュージシャン、スタッフに配られる台本が存在します。 これを元にリハーサルが進められ、ミュージシャンは演奏以外のことを確認し、音響のケンGと照明を担当してくれるユースケくんが、工夫を凝らして舞台を創りあげていってくれます。 この台本、ノートに書く下書きから始まり、何回も書き直しされ、仕上がるのは通し稽古の直前になってしまいます。当日ということも何度かありましたね。 いま、前回の台本を見ながら書いているのですが、「たまごクラブとひよこクラブには男版あり」や「雨の東京も綺麗、でも陽子にはかなわない」、「いやよ
いやよも 好きのうち、答えてほしいの ほしのあき」などの書き込みを発見しました。
-2007.10.08(月) |
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| 「朝どりタンゴ!」 〜セッション中のスタジオから、創作真っ只中の新曲の歌詞を、タンゴリアンに特急便でお届け!〜 <タイトル:マドンナ> いつも思っていることだから 当たり前になってたよ、かあちゃん 俺は かあちゃんがいちばん好きだ いちばんかわいくて いちばん楽しくなる ずっと 変わらないよ、かあちゃん ずっと ずっと 俺のマドンナだよ もう何年になるかな 俺は24だったよ ※アー 俺のマドンナ アー 俺のマドンナ あの手この手で気をひいたよ、かあちゃん 結婚してからは毎日が楽しかったよ ※くりかえし これからも ずっと一緒にいような、かあちゃん -2007.09.07(金) |
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| 「立川美術館、夏…」 〜にわか「美味しんぼ」マニア立川亮が、憧れの海原雄山に都会の片隅でこっそり挑戦!絵画、陶芸、彫刻と心のおもむくままに創作する冒険紀行!ビーチは美術の独壇場!〜
「灰皿」(1993年作品、瀬戸焼、11×12×5、立川家書斎に放置) -2007.08.08(水) |
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| 「7月8日に生まれて」 本当に暑く、太陽が高い日曜日だったという。 私と弟は、一卵性双生児としてスポンと生まれてきた。女の子が生まれると信じて、女名前ばかり考えていた父は、現実に焦って新聞のテレビ欄を見た。 そこにあった、ある俳優の方の名前から、私と弟の名前は決まった。「いやあ、お祖父さんもリョウジだからいいかなと思ったよ。フォッフォッフォ」と、父は笑う。 この話をすると親しい人は、「そういう、後付けの巧みさは引き継いでいるね」と感心する。いったい、どういうことだろう? 今年は、Blossomのやっちゃんが一番早くにお祝いメールをくれた。その時間、0時0分。こういうところ、すごく喜んだ。 この前、ずっと切って貰っている美容師さんに、「亮くん、今更なんだけど、若い頃の彦麿呂さんに似てるね」と言われた。
-2007.07.10(火) |
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