+立川亮エッセイ ++back number 14++


 移動中の電車の中では、たいてい本を読んで過ごしている。
 混んでいる時は片手で本を持ち、場所を取りすぎないように顔の近くに寄せて読んでいる。子供の頃に
 「もっと本から顔を離さないと目が悪くなるよ」
 と怒られた距離だが、混み合う都会の満員電車。致し方ない。また幸いなことに、今のところ視力も衰えていない。

 本の世界にぐっと入り込める時は少々の移動距離でもあっという間だが、いつもそうなれる日ばかりではない。
 なかなか集中できず、同じページから動けない時もある。そういう時は無理せずに、周りの様子をそれとなく伺ったりして、怪しくない程度に世の中の動きを観察している。週刊誌の中吊り広告の下世話なフレーズを眺めるのも楽しい。こういう見方もあるのだなと、はっとさせられることもある。

 はっとすると言えば、車内にも時々、はっとさせられる個性的な方が登場することもある。
 先日、激しくダイヤが乱れていて、通常の5割増しくらいに混んでいた時のこと。マナーだからというわけでなく、単に楽だからという理由でリュックを前に背負って本を読んでいたら、ぽっちゃりとして汗だくで髪の毛がワカメみたいになったスーツ姿の男性が、リュックを前に背負いながら
 「はい、ごめんなさーい、乗ります、乗りまーす!」
 と大きな声をあげて、突入してきた。パンチのある方だなあと思っていると、私の前に立っている作業着姿でリュックを背中に背負っていたおじさんに
 「あのー、こういう混んだ車内では、リュックは前に背負ってほしいですねー!こういう風に!」
 と、いきなり説教を始めた。言われたおじさんは、ちょっとびっくりしつつも
 「…はい。でも、前にも鞄をかけているので…」
 と、身体の前に斜めにかけたショルダーバッグを見ながら返した。すると、突入スーツさんは
 「ああ、はいはい!でも、こういう風に前に背負って、そのバックの上に置く感じにしたらいいですよね!まあ、仕方ないですけど、こういうやり方もあるということで!」
 と、一方的に持論を唱え続けた。おじさんは、真っすぐに突入スーツさんを見つめながら
 「…そうですね。はい」
 と、かなり好感度が高い大人な対応をなさり、突入スーツさんは満足気に
 「ごめんなさーい、中に入りまーす!」
 と、混み合った車内の中央へと進んでいった。

 私は、リュックを前に背負っていてよかったと思いつつ、突入スーツさんの背中を見送り本を読んでいた。ページをめくるついでに、ふと作業着姿のおじさんを見ると
 「しかし、どうして、こんなことを言われないといけないのか」
 といったような、納得のいかない顔をなさっていた。
 「解りますよ、その気持ち。しかし、あなたは素晴らしい対応でした。私は見ていましたよ。知っています。飲みにでも行きますか。お話聞きましょう」
 と、声をかけてあげたい気持ちになった。自分だったら、どういう風に返しただろうと考えた。同じページを広げたまま、いろんなパターンを想像したが、やはり、おじさんの対応が一番スマートだと思った。

 その時は、同じページを広げたまま、降りる駅に着いてしまった。
 まったく本の世界には入れなかったが、ひとりの個性的な方の登場から、いろんな想像が出来て楽しい時間となった。
 ホームに降りて、ふうと一息ついていると、背中越しの車内から
 「すいませーん、降ります、降りまーす!はい、すいませーん!」
 と、個性的な声が聞こえた。
 振り向くと、汗だくでやっとのことで車内から抜け出てきた突入スーツさんがいた。
 彼は、前に持っていたリュックを背中に背負い直して
 「あー、しんどかった!」
 と、やり切った顔をして、改札口へスタスタと歩いていった。

 元気よくスタスタと歩いていく突入スーツさんを見ながら、あの人はあの人なりに真っすぐに生きているんだなと思った。ひとつの小説を読んだ後みたいな、ちょっと充たされた気持ちになった。
 その余韻は、作業着姿のおじさんが、あの時に冷静な対応をなさっていたから生まれたものだと思う。というわけで、おじさんは、とても素敵だった。

-2011.11月


 今年は、あまり入道雲を目にすることがなかった気がする。
 普段からぼんやりとしているほうなので、わりと空を眺めているとは思うのだが、今年はカラッと雲もなく晴れているか、梅雨時のように重い雲が浮かんでいた印象が強い。

 カラッと揚げた天麩羅は美味しい。夏に食べるかき揚げは、夏休みの午後といった感じがして好きだ。
 何年か前から、家でもそういう天麩羅が食べたいと試行錯誤を重ねていたのだが、地震以来、とんと天麩羅を作らなくなった。
 祖母が関東大震災を経験していたので
 「ちょうど昼時やったからな。揚げ物作ってる家がぎょうさんあって、火がバーッと拡がったんや」
 と、話すのを聞いていたからか、なかなか揚げ物をする気分になれないみたいだ。日常と変わらないように過ごそうと意識していたが、そうはなれないところもあったらしい。

 今でも、東京は時々揺れる。
 先日、仙台へ行った際に、地元の方々と話をした時に
 「もう、震度5くらいにならないと揺れている感じがしませんよ」
 と、おっしゃる方がいた。それまでを思い、いろんなことがあったのだろうと言葉に詰まった。今年は、なくてもいいことがありすぎているように思う。

 仙台のジャズフェスに、2年ぶりに出演させてもらった。
 5年を区切りと思っていたが、その年に各メディアに取り上げて頂き、6年目は恩返しの気持ちで演奏させてもらった。
 仙台は、東京より早く、タンゴアカシアーノを認知して下さったと思っていたので、ジャズフェス生中継のゲストに呼んで頂けるくらいまでは東京で頑張ろう、それからまた、ジャズフェスに戻ろうと思っていた。
 3月11日に、そんな悠長なことを考えていた自分を、強く後悔した。行ける時に行き、会える時に会わないと、次があるかわからないじゃないかと。

 上京した頃、年上の方から
 「亮は何にでも誰にでも勢いよく接する。でも、時々地雷を踏むんだよな」
 と、笑いながら言われたことがある。
 確かに、そうだった。今でも、そういうところは多々あるが、当時に比べると躊躇する場面が増えた。ある意味、経験かもしれないし、それが大人になっていくことと思っていた。
 だが、その地雷を踏むこともある思い切りこそが、大切なことだったのではないかと改めて思い出している。失敗も数え切れないくらいあったが、そうやって拡がったものも確かにあった。いろんなことに、臆病になってしまったような気がして、これはいかんと思った。

 今年の夏は、こんな感じだった。
 なので、秋は気をつけながらも臆せずに天麩羅を揚げ、行きたい場所にはどんどん出かけ、会いたい人には会いに行き、地雷を踏みまくっても想いを伝えようと思う。
その結果、冬には誰もいなくなってしまったら。それはそれ。一度きりの人生。後悔するよりいいだろう。と、40を目前にしたおっさんは力説しつつ、今更ながら韓流ドラマの研究をしている。そんな、9月のはじまり。

-2011.09月


 ずっと吸っていたキャスターが生産中止となり、吸う煙草が定まらない「煙草ジプシー」の日々が続いていた。
 パッと思い浮かぶだけでも、わかば、キャスターマイルド、セブンスター、ブラックデビル、ラークの黒、マイルドセブン、マイルドセブンライトと、煙草屋へ行くたびに違う銘柄を頼み、試行錯誤を繰り返した。
 そして、いまはマイルドセブンに落ち着いているが、どうも仮住まいといった感覚が抜けない。家を建て替える間、近くの借家へ引っ越しているような、いかにも落ち着かない日々を過ごしている。

 先月、ジプシー音楽を奏でる▲s(ピラミッドス)と、銀座のイベントで共演した。
 春先に、イーガルくんから紹介されて出会った方々だが、それまでにも行く先々で
 「絶対、好きになりますよ。合うと思いますよ」
 と言われ続けていたので、楽屋でリーダーの空中紳士と挨拶した時も、初めて会った気がしなかった。
 音楽もしかりで、ああ、こういうの好きだなあと身体が反応してしまう感じだった。感情が持っていかれるというか、言葉を深く知りたいというより、ユラユラとしていたいと思った。
 ずっと安定した穏やかな生活を望んでいるのに、すぐに違った方向に足を向けてしまうのは、こういったユラユラした感じが好きなところに理由があるのかと思った。いわば、檀一雄が書いた天然の旅情のようなものか。なんて、火宅の人を気取ってみる。中年になってから読み返すと、おもしろい本だった。

 震災のあと、しばらくは料理の本しか読む気分になれず、図書館へ行っては片っ端からその関係のものばかり借りていた。普通に暮らすことを考えたら、まず、食べることに興味が走ったのだろう。
 3ヶ月程して、ようやく他の本も読もうかという気持ちになってきた。さて、と思い立ち、適当に書架を眺めていると、日本の古典全集の前に落ち着き、いい機会だと日本書紀から順に借りていくことにした。この国をもう一度知りたい、と考えたのか、それとも、こういうものを読む適齢期になったのか。
 いま、長い万葉集の旅を終えて、奈良に行きたくなっている。しかし、これから古今和歌集から中世の物語へと進むと、間違いなく京都へ行きたくなることだろう。そんなユラユラとした天然の旅情はさておき、遥か古代から日本人は、響きの綺麗な言葉を使っていたのだなと改めて感心している。

 そんなこともあり、近頃は、若い時から書き溜めていた詩をパラパラと振り返っている。いったい、どんな言葉を書いていたのだろうと。
 毎日、必ずひとつは書くことにしているので、けっこうな量があった。その中に
 「親父はいつものマイルドセブン お袋は写真の中で笑ってる」
 と始まるものがあった。20才の頃に、場末の居酒屋で働いていた時のことを書いたものだった。

 いまは、親父とかお袋などといった言葉は使わない。お父さん、お母さんしか言わないくせに。背伸びしていたのだろう。プププと恥ずかしくなった。
 それより、還暦を迎え禁煙に成功した父が、当時はマイルドセブンを吸っていたんだなと懐かしくなった。
 子供の頃、台所からお手洗いまで、煙草の匂いがプンプンしていた。ヘビースモーカーだった父は、煙草盆を持ってウロウロしていたし、それがまたよく似合っていた。
 父が禁煙するなど考えもしなかったが、これも時の流れ。いまでも不自然に思う時もあるが、いつか「煙草を吸わない父」にも慣れていくのだろう。

 近頃、会う人会う人に
 「髪の毛、伸びたね。禿げ隠し?」
 と聞かれる。若い頃は、こんなユラユラしたロン毛の38才になっているとは思わなかった。郊外でマイホームパパになって、長い休暇には家族と旅行をしている姿を想像していた。
 父の煙草だけでなく、20才の時に日常だった風景も変わり、また描いていた自分の姿とも違っている。しかし、それも時の流れ。抗うことには抗いつつ、任せるところは任せていこうと思う。

 こんなことを書いていたら、いきなり髪の毛を切りたくなった。
 抗うところが違うだろうとも思うが、とりあえず長いイメージを変えたくなった。髪の毛も、長くなったり短くなったり。いったりきたりをユラユラと繰り返していくのだろう。
 まあ、とりあえず、禿げるまでの話ではあるが。

-2011.07月


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