◆◆◆ 田原亜紀 エッセイ ◆◆◆


日の目を見る?

 11/2に行われた『円山町寄席』は、2004年の暮れにイベントを立ち上げてから20回目の公演となりました。
 先日、あらためて昔の台本やら円山町寄席便り(円山町寄席で配布)などを見返してみました。
 共演者が居た初期、ゲストを招いての定例独演会となった中期、そしてゲストなしでU部構成(歌劇とレビュー)となった後期。
 思えば、あんなに多彩なストーリーをよぅ書きましたなぁ、立川さん。
 それから、円山町寄席便りをよぅ編集して発行されましたなぁ、若山編集長。
 寄席便りでは、あんなコーナーやこんなコーナーが出てきては消え、出てきては消え、となかなか面白かったです。メンバーで回すリレー小説なんかもあったねぇ。
 初期の円山町寄席便りを見て思い出したのですが、絵を描くことを最も苦手とする私が、何故絵を描くことになったんでしたっけ?編集長。

 さて。
 前回寄席のパンフレット制作をしていた際、パソコン内にある昔のおタンゴさん写真などを探していたら、寄席便り用に描いた絵たちを発見しました。発見してしまいました。
 初期の寄席便りに連載されていた【天才 田原画伯】というコーナー(タイトルは若山編集長が命名)用に描いた絵たちです。
 毎回若山編集長から2つのお題が出され、お題の絵を田原がパソコンのマウスで描く。2枚の絵を期限までに提出し、編集長のセンスで選別・掲載されるという仕組み。
 「連載されるのは1作品なんだから、お題はひとつでいいんぢゃねーのー?」という気持ちをグッと抑えつつ、描いたことを思い出しました。だって1枚描くのに最初は何時間もかかったんだよ〜。
 そして描いた本人は、どちらの作品が掲載されたのか寄席の当日までわからないので、なかなかスリリングでした。

 そんな苦いような恥ずかしいような思い出のある作品たち。
 しかしながら。
 今見てみたら、ボツになった作品にもちょこっと愛着がわいてきてねぇ。なんだかこのままお蔵入りっていうのもかわいそうな気がして。

 そこで!
 今回ここに、敢えて載せてみることにしてみました。

   第一回ボツ作品:東京タワー(2004年12月作品)

 なんなんでしょうね、これは。東京タワーといわれなければ何だかわかりませんね。
 恥ずかしいのでさっさと退散します。ぴゅ〜ん!

 …今日はこれまで!

 ※ちなみに。めでたく第一回に掲載された作品は「キューピーちゃん」でした。newsの過去のあたりにあるかも。

-2008.11.16(日)

 

旅日記『第18回 定禅寺ストリートジャズフェスティバル in 仙台』

●9/12(金)快晴
 時間通り12:00に出発。集合場所に着くまでに、先日に続き東北放送の方から生中継の確認のお電話が入りました。
 首都高から東北道へ。比較的まっすぐな東北道・快晴・車内に流れるハードロック・・・快適ドライビンの要素が揃っていました。
 ツアーの時は必ず連れて行く、てるてる坊主のてるちゃん。この子は本当にパワーがあるわ〜と今回もまた思いました。
 佐野SAで遅い昼食。ここにはうさぎが沢山居るのだけど、うさぎを見てからでないとなんとなく東北に行く気がしないんだな。キクジはうさぎが居ることを知らなかったらしいけど、これから東北に行く際は必ず寄るからね〜。
 吾妻PAで休憩。佐野では蝉が鳴いていたのに、ここには蝉の気配がありません。秋の風が吹いていました。

 遠刈田温泉着。まずはえんそうさんにご挨拶。おとうさんもおかあさんもあたたかい笑顔で迎えてくださいました。
 例年より早く着いたので、宿に車を置いて近くの[こけし橋]へお散歩。そう、[蔵王慕情]の歌詞に出てくる[こけし橋]です。
 ここには3メートルくらいのこけしが4体、橋の四隅に立っています。それぞれ記念撮影をしたり、キクジは一眼レフのデジカメを駆使して風景や空を撮ったり。ワカ氏はそんなメンバーを盗撮したり(笑)。
 こけし橋の下を流れる松川にも行ってみました。唯一ビーチサンダルだった立川氏が川に入ったけど、水温が低かったためかすぐにあがってきました。
 毎年夕飯ギリギリに着いて散策する時間が持てなかったけど、今年は早めに来てよかったね、メンバー一同蔵王の自然に癒されました。
 宿に戻り早速温泉へ。男子3人は仲良く入浴。私は大きなお風呂を数人でシェア。一瞬独り占めしたときは泳いじゃったもんね〜。露天風呂も快適。
  
 えんそうさんで夕飯。冷静トマトのうーめんや、蔵王の清流で育ったニジマス、手作りパンなど、美味しくいただきました。
 落合シェフ仕込みのお料理はいつも手がこんでいて、おとうさんの人柄も出ているのでしょう、やさしい味がします。
 いつもご招待してくださる方とも久々の再会で、おとうさんおかあさんと共に時間も忘れて沢山お話をしました。
 宿に戻りTBC東北放送1CHをチェック。明日の生番組のCMが流れたり、中継に来る名久井アナウンサーも出ていました。
 
●9/13(土)晴れ時々曇り一時小雨
 朝は予定より40分も前に目が覚めてしまい、そのまま起きて空模様などをチェック。
 朝風呂へ。一瞬女湯を独り占め。露天風呂などを満喫。露天風呂ってなんでこんなに気持ち良いんだろうね。
 えんそうさんで朝ごはんをいただき、お父さんは蔵王で採れた梨をむいてくださいました。手作り揚げスコーンを手土産に仙台へ。

 ホテルにチェックインしていったん演奏場所へ。私たちの前に出演するデルタ・サンドイッチさんとご挨拶。
 出演準備をして待機していると東北放送の方と顔合わせ。中継の時間のことなどを軽く打ち合わせ。名久井アナは実物の方がかわいいかったなぁ。
 PAさんとも軽く打ち合わせ。
 
 本番直前。
 今年から配布可能になったフライヤー(プロフィールや無料ライブの告知のみ掲載可)を配りに行くと、後ろの方などは手を出して受け取りに来てくださるほどでした。嬉しかったです。
 もっと時間に余裕があったら沢山配れたなぁ。

 そして14:40、本番。シンボルロード夏の思い出像前。

 1. タンゴジャム 〜 ママともだち その1
 2. 高嶺花子
  − MC(カンパの呼びかけ) −
 3. 蔵王慕情(定禅寺房子)
 4. 眠れない夜のムードミュージック
 5. 北酒場(細川たかし)
 6. コンパルンバ 〜 レヴューエンド

 けやき並木の下での演奏は楽しい40分間でした。[蔵王慕情]を仙台で歌うことになろうとは、曲を作った時点では想像していなかったですが(笑)。
 ここ最近はファミリアさんも一緒のことが多かったですが、こうやってメンバー4人だけで演るのもいいですね。
 アップライトピアノで背中を向けての演奏だったため、メンバーとのアイコンタクトは少な目でしたが、キクジが私の手にあわせてタイミングを取ってくれるだろうと思って弾いたり、ワカ氏の音が屋台骨となって演奏陣をまとめ、立川氏はその上で沢山羽ばたいていたように思います。
 そんな信頼感を改めて確かめられた場でもありました。

 たくさんの人に観ていただけたことが本当に嬉しかったです。笑顔が沢山見えました。
 カンパも沢山ご協力いただき、少しでもジャズフェスの力になれたことが嬉しかったです。演奏後スタッフの方から沢山お礼を言っていただけました。
 生中継をしてくださった東北放送の方に、放送時間との兼ね合いが大丈夫だったか尋ねたら「バッチリでした!ありがとうございました!!」と笑顔で言っていただけました。これを書いている時点では、まだ番組を見ていませんが、早く見たいですなぁ。
 会場には、前ドラマー、ティミー"レジェンド"アルカポーネのご両親や、Blossom森谷くんのご両親までもが足を運んでくださいました(笹かまぼこ、ご馳走様でした)。
 そのほか、以前わたしたちの演奏を観て覚えていてくださり今回も観に来てくださった方、東京から駆けつけてくれた方、上京してきた頃に親しくしていただいたお兄さん(仙台在住)など。本当に幸せな時間でした。

 ホテルにいったん戻り、近くのカフェで仙台在住の幼馴染み夫婦とちょこっとお茶。それぞれの近況報告など。
 仙台で演るようになってから、仙台でのほとんどのライブに足を運んでくれています。
 ティミーがタンゴに入ってくれたおかげで、この幼馴染みとも再会できるようになりました。感謝。

 そして、ティミーのご両親、仙台のカナコちゃん、10年ぶりの再会の兄さんとで飲み。
 仙台での飲みにはティミーのご両親は欠かせません。楽しいひとときでした。兄さんとも10年ぶり。ぜんぜん変わってなくて一気にタイムスリップした感じでした。
 勾当台公園に移動し、演奏を聴きながら野外飲み。また繁華街へ戻って飲み。国分町の夜はふけていきました。

●9/14(日)晴れ時々曇り一時にわか雨
 朝、仙台ではいつものように立川氏が[河北新報]を買ってきました・・・ら!?
 「俺らが載ってる!!」とおおはしゃぎ。一面のジャズフェス記事におタンゴ男子部の写真が使われていました。
 ・・・と間もなく、昨日会った幼馴染みからメール。河北新報の件を知らせてくれました。ありがとう。

 ホテルをチェックアウトし、ティミー"レジェンド"アルカポーネの親友タックの演奏を観に。
 途中結構なにわか雨に降られましたが、なんとか最後まで演奏できてよかったね。観るのも楽しいです、ジャズフェス。
 演奏後「あ!河北新報の人達だ!」とからかわれつつ、タックのバンドのメンバーさんとも1年ぶりの嬉しい再会。

 毎年ジャズフェス気分を味わうことなく東京へ戻ることが多かったので、今年はゆっくりと観客気分も味わうことに。
 市民広場ではえんそうさんに教えていただいた、[ベルツ]さんのブースへ。蔵王のウインナー、ベーコン、野菜の串焼きをいただきました。
 昨日の演奏場所を見たり、昨年演奏したメディアテークに行ったり、フリーマーケットを見たりしてジャズフェスの雰囲気を楽しみました。

 キクジの紹介もかねて、仙台でいつもお世話になるライブハウスennさんへ突撃訪問。思えばレコ発ツアー以来の1年半ほどのご無沙汰。
 残念ながらボスの加藤氏は不在だったけど、店長の沼田氏、PAの国分氏などにご挨拶。
 「タンゴさん、近いうちにやってくださいよ〜」「呼んで下さいよ〜」的な会話のやりとりがありました。
 
 キクジのリクエスト「仙台で牛タンが食べたい」を実行。
 移動の車内は昨日のライブ音源。「ここはこんな感じだったね」と感想を言いつつ、笑いつつ。
 「りきゅう」違いのハプニングもあったけど、ようやく「たんや利久」にたどり着いて牛タン定食をペロリ。キクジはとろろもつけてたかな。
 みんなで[河北新報]をがっつり買い込んで仙台を出発。

 昨日のライブを観て書き込みしてくださった方が居たり、讀賣新聞にも写真が掲載されていたという情報も入り、一同盛り上がり。
 途中いきなり大きな花火があがったり、いきなり雨が降ったりしたけど、渋滞に巻き込まれることなく蓮田SAに到着。
 サークルメイトの my way my love のメンバーさん(北海道〜東北のツアー帰り)と偶然会ったりもしました。

 川口インターを深夜0時過ぎに通過し、無事に東京へ戻ってきました。
 「また近いうちに仙台でライブしたいね」とメンバーで話しました。


 こうやって書いてみると、内容の濃い3日間でした。でもあっという間でした。
 沢山の人と再会し、楽しかった3日間でした。
 また一段と仙台の街が好きになりましたし、[そこで待っていてくれる人]が沢山居ることも改めて感じた3日間でした。
 お世話になった皆さん、本当にありがとうございました!
 また、仙台でお会いしましょう!そう遠くないうちに。

 …今日はこれまで!

-2008.09.16(火)

 

受け継がれてきたもの

 旧盆の7月15日、靖国神社のみたままつりに初めて行って来ました。
 提灯がずらりとならび、境内がライトアップされて綺麗でした。露店も沢山出ていて、お化け屋敷なんかもありました。また盆踊りも催されていてこれぞ夏のお祭り、といった感じでした。
 お盆ってずっと8月だと思っていましたが、地域によって違うのですね。

 お盆は先祖の霊を祀る行事だけれど、こういった日本の風習はいいなと思います。
 今を生きている私たちには必ず両親がいて、祖父母がいて、曾祖父母がいて、その先には先祖がいて…そのいのちの連鎖があったからこそ、自分が今ここに生きていると実感します。そして生きていることに感謝します。

 今日着ていた服は、祖母が娘時代に着ていた着物の生地を使い、母がアレンジして手作りしてくれたものでした。
 昨年帰阪した際に母がそのような服を着ていてうらやましかったので、頼んで作ってもらいました。色合いや刺繍の感じが、現代にはない感じでとっても気に入ったからです。
 祖母が娘時代に着ていた着物(上とは別のもの)は、そういえば大学の卒業式の時にも着させてもらいました。袴はレンタルだったけど。
 レンタルの着物よりも、断然祖母の着物のほうがよかったんです。色とか柄とかが「ハイカラ」でね。祖母はそのとき大変喜んでくれました。
 着物も祖母から母、私と受け継がれてきたものですね。そういうものを着れるとは、なんとも嬉しいことです。

 昔は、古くさいものよりも新しいものがいいと思う時期もありましたが、ここのところは、古いもの・年月を重ねたものに、とてもいとおしさを感じる瞬間があります。
 寺社仏閣などの建物、その細部に施された彫刻、巨木を見てもそう思います。
 阪神大震災で実家が被災した際、「修復」か「建て替え」か家族で話し合ったことがありました。
 当時の私は断然「建て替え」を主張しましたが、今となっては「修復」にしてよかったと思っています。年月を重ねた床柱、欄間、玄関の靴箱・・・残してくれてよかった。

 受け継がれてきたもの。
 それってとっても素晴らしいな。大切にしていかなきゃね。

 …今日はこれまで!

-2008.07.15(火)

 

ティミーレジェンダー

 先日、タンゴレジェンドに昇格した『ティミー・アルカポーネさんおつかれさま会』が催されました。
 「ゴクロウサマ」とかけて5月9日6:30PM開始ということだったのだけど、皆の都合もあり結局20時頃からとなりました。
 集まったのはメンバー、ファミリア他、ゆかりのある方達あわせて20名。
 ライブの後というのは、皆ライブ疲れがあったりバタバタしていることが多いため、のんびりゆっくりと過ごせることがありません。今回はそういう意味もあり、皆で楽しむ時間が持てました・・・朝まで(笑)。

 久々に見たティミーちゃんの酔いっぷり。お酒の好きなこの男が、本当に楽しそうに笑っているのが印象的でした。
 「今日、俺、久々飲んで、久々楽しい!」
 そしてお手洗いまで響き渡るティミーの高笑いが幾度となく響いていました。立川氏の言葉を借りると「ツヨシの高笑いは凶器」(笑)。
 そういえば、ステージ上でもライブ中によく笑いあったねぇ、ティミー。

 2月の寄席。実質的にティミーとの最後の寄席になりました。そのときのこぼれ話をひとつ。
 本番直前の楽屋でのこと。準備を終えた私はなぜか指の震えがとまりませんでした。そんな話をしていると・・・
 ティミー:「あーそういう時ってミスったりすることあるよね、あそこヤバいんじゃないの?コンパ(コンパルンバ)の『ティティティッティッティッティッティ』(曲の始めのほうにあるピアノだけのフレーズ)ってとこ(笑)」
 私:「うわぁ〜そんなん言わんといて〜や〜。ほんまにそうなりそうやんか〜。めっちゃ不安になってきたや〜ん・・・(泣笑)」
 ティミー:「アハハハハ〜!(高笑い)」
 私:「あっ!!でもあの時ってみんな何にもしてないやんね〜?ティミーも口あいてるやんね〜?一緒に唄ってくれたらええやん〜『ティティティッティッティッティッティ』って(笑)」
 ティミー:「アハハハハ〜!(高笑い)」

 そして本番。楽屋での話は、結局やるともやらないとも決めないままで楽しい雑談として終わっていたはずで、自分自身も忘れかけていたのですが・・・
 コンパルンバが始まってその場所にきたら、ティミーがピアノのフレーズを一緒に口ずさんでくれました。(※)
 お客さんにもティミーの声が届いていたようで、客席からはドッと笑い声が聞こえました。
 「やられたぁ〜!!!(笑)」
 その後ティミーを見る私「本番一発でよくキメましたね、やりますね、ティミーさん」。「どうだ〜」とばかりにこちらを見るティミーさん。
 そういう無言のコンタクトがとてもとても楽しかったなぁ。

 タンゴでのティミーは、ドラム以外でもいろんな面を見せてくれました。
 コーラス、手紙の朗読、波の音、谷村さんの「昴-すばる-」熱唱など。仙台ジャズフェスでの朗読「僕が宮城県知事になったら」もあったね。
 そして4月のライブ、最後の最後には『ティミー・パイロット〜飛行前〜』生演奏・生叩き語りしてくれました。
 方々から「生でティミー・パイロット観たい!」と熱望されていたので、それに全力で応えてくれました。
 やりきった表情のティミーはとっても輝いていましたよ。

 ティミーさん、4年と3ヶ月、沢山の感動と楽しい思い出をありがとう。
 『タンゴレジェンド』に昇格し、君臨し、これからのタンゴを見守っていてください。

 …今日はこれまで!
 
 ※:この模様はタンゴのマイスペースにアップされています。こちら→ http://www.myspace.com/ryotango

-2008.05.20(火)

 

タオル体操

 現代人、肩こりに悩む人は多いのではないでしょうか。
 私は小学校2年生の時から肩こり持ちです。
 特に、冬は寒くて肩をすぼめることが多いからか、寝てるときにもすぼめているからか、肩こりがずっと続きますね。
 で、毎日やっている「タオル体操」をご紹介します。
 以前、たまたまつけたテレビで、元ピンクレディの増田恵子さんがトーク番組で紹介されていました。

 私は、お風呂あがりで体があたたまったところでタオル体操を始めます。
 肩こりの一番の原因は背中と首をつなぐ「僧帽筋(そうぼうきん)」。僧帽筋をほぐすことで肩こりも楽になりますよ。

 用意するものはただひとつ、どこのおうちにもあるただのタオル。
 両手でタオルの両端を軽く持ちます。
 タオルをたるませないようにしながら頭の後ろ側へグッとひきます。ここで数秒とめているだけでも効果があると思います。
 そしてタオルをピンと張ったまま、ひじを曲げて背中側で何度か上下させます。僧帽筋が刺激されていることを意識しながら。
 これ、結構気持ち良いですよ。

 そして僧帽筋がほぐれてきたら、今度はぐるんと肩をまわします。
 タオルをピンと張ったままひじを曲げないようにして、前側から後ろへゆっくりと引いていき、ぐるんと後ろへまわします。
 理想は、ぐるんと後ろまで回して、そのままぐるんと前まで戻ってくるというもの。増田さんは前→後→前と往復されていましたが、私はまだ前→後しかできません。
 やり始めた頃は「こんなの回るわけない!」と思っていましたが、毎日続けていくうちに肩がやわらかくなって回るようになりました。初めて回ったときは嬉しかったです。
 ・・・このセットを何度かやって終了。

 番組で「女性は背中に年齢が出ます」と増田さんはおっしゃっていました。なるほど、その通りですね。
 かく言う増田さんの背中はとっても美しく、年齢を全く感じさせないものでした。
 綺麗な背中をされている増田さんが毎日やっているというタオル体操、説得力がありました。
 とってもカンタンだし、5分位で済むし、何より気持ちいいからずっと続いています。

 僧帽筋は背中にある大きな筋肉。この僧帽筋を柔らかくすることで、代謝もあがるらしいですよ。
 肩こりに悩むOLさん、是非やってみてね。

 …今日はこれまで!

-2008.03.20(木)

 

父娘の時間

 一枚の写真からその話はおもむろに始まった。
 写真館で撮影されたその写真には、まだあどけなさが残る学生服を着た18歳の父が写っていた。
 胸ポケットには、父が叔父からもらったという万年筆が挿してあり、父はその万年筆のことからぼそぼそと話を始めた。
 パソコンに向かっていた私は何故か、これは聴くべき話だと思い、手を止めて父の話を聴くことにした。

 父の叔父は、当時海外でしか手に入れられなかった高価なその万年筆を、父に入学祝いとして贈ってくれたという。叔父から贈られたその万年筆を、父は長い間大切に大切に使い、書けなくなるまで使った。その万年筆が、最近復刻版として発売されたことを知り、父は懐かしく嬉しく思い購入したらしい。
 「ほらな、このポケットから見えてるここんとこがな、これのここと一緒やろ?」
 随分前に亡くなった父の叔父、夫を亡くしてから社長となり会社を続けた父の叔母。その叔母に会いに行く前日の夜、父は写真を見せながら話を続けた。
 「明日この万年筆持っていって、おいちゃんのことおばちゃんにはなししようかなと思て、探してみたらこの写真が出てきてん。」
 「うん。おじちゃんのこと大好きやったからね、その話したらおばちゃん、多分すごい喜びはると思うよ。」
 「この写真、あんまりいい思い出ではないんやけどなぁ・・・、おいちゃんから貰った万年筆の証拠写真でもあるからなぁ・・・。」

 そして、写真を撮った頃の話も始めた。
 当時の父は第一希望の大学に不合格になり、滑り止めに受けた私立の大学への進学が決まった頃。写真の裏には懐かしい祖母の字で「昭和三十○年三月」と書いてあった。
 父は第一希望の大学が不合格となったショックで、外にも出ず毎日憂鬱な日を過ごしていたという。(引きこもり???)
 父の母、つまり私の祖母が落ち込む長男を外へ連れ出す口実にしたのだろうか、近所の写真館で撮影することをすすめたようだ。
 私が見たところ、写真館で撮影した18歳当時の父の写真だが、本人にとっては当時の自分の気持ちが思い出されるあまりいい写真ではないらしい。
 「(大学の)校章も付いてるけど、この頃は○○(←私立の大学)に行くことが嫌でなぁ、母さんに言われてあそこの写真館へしぶしぶ行ったんやけど、なんとなくいや〜な気分で撮ったのを覚えてるわ。・・・な、あんまりいい顔してへんやろ」
 いい表情かどうかはよくわからなかったけど、受験に失敗した18歳の少年の気持ちは今の私にはわかる。そんな息子の姿を見て、何とか外の空気を吸わせようとした祖母の気持ちもなんとなく想像がついた。

 それから、父は少年時代の話を続けた。
 転校が続いた中高時代。一番繊細で大切な時期を違う土地で過ごした少年は、かなりの「シャイボーイ」だったらしい。嗚呼、ガラスの十代。
 小さい頃からの記憶で私が知っている父は、(仕事の内容はよく知らないが)「営業」的な仕事をしていて人当たりが良い、という印象があった。その父からは想像のつかないシャイボーイ時代の告白。・・・驚いた。
 まったくもって驚きの連続である。
 父の18歳の顔もほとんど初めて見たし、○○大学が父の滑り止めの大学だったことも知らなかった、そしてシャイボーイだったことも。

 そして、私が小さかった頃の話へと進む。
 一家の大黒柱として、会社員として働いていた頃の父の思い。父が週末によく一人で出かけていたこと。どんなことを考え、どういう思いでいたか。私たち家族への思い、母への思い・・・定年退職をして随分経った今だからこそ、父も今の私に話せたんだと思う。
 小さかった頃に抱いていた父への思いや疑問を思い浮かべながら、大人になった今だからこそ、少しだけ父に近い目線で話が聴くことができた。どちらからともなく二人して涙してしまった。
 「あなたがまだ小さい頃に、手ぇつないでな・・・」と父が話し始めたとき、「アガッタワヨ〜〜!」と遠くから母の声。「アンタも早よ入りなさいよ〜」と母が部屋へとやってきた。二人してササっと涙を拭き「は〜い」と答えた。

 今なぜ父がこんな話をしたのかわからない。お正月だからといって酔っ払っていたわけでもない。
 私が今の年齢になったから、父が話す気持ちになったのかもしれない。
 上京してから父と二人だけでこんな話をする機会は今までなかった。もっと言うと、私が子供の頃の父の思いなど、今まで聴いたこともなかった。
 短い時間だったけど、父との大切な時間を持てたことが嬉しかった。
 年末年始の帰省、こういう話が出来ただけでも、少しは親孝行できたのかな。

 ただ、もう少しだけ欲を言えば、父が話し始めたその先を聴きたかった気がする。
 お母さん、もうちょっと長くお風呂に入っててほしかったよぉ〜ん。

 …今日はこれまで!

-2008.01.18(金)

◆◆◆ 田原亜紀 エッセイ back number 2007 ◆◆◆

 


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